林檎の花、龍の爪
波間に浮かぶ士魂。ある士族のルーツを訪ねます。
2024年4月24日水曜日
斯蘆国
›
日本の弥生時代、現在の慶州市に斯蘆国(サロ・シロ)があり、6つの村があった。 そこに赫居世(ヒョッコセ)たちが北の方から動乱を逃れて鉄器を持ってやって来た。 紀元前57年のことだ。 農耕社会の中に優れた鉄器を持って来たことから、赫居世がその支配者になったが、彼はその時13歳。 ...
2024年4月19日金曜日
斗南藩ゆかりの地
›
【出典】 佐藤 史隆 季刊あおもりのき発行人 https://shimokita-tabi.jp/himitsu/shirabetemita_13 会津若松市の木「アカマツ」とむつ市の花「ハマナス」が碑を包む 1870(明治3)年春、斗南藩の人々約1万7千人は、会津をはじめ東...
斗南藩上陸
›
会津から新しい藩庁が置かれた田名部を目指し、新潟港から新政府借り上げのアメリカ蒸気船ヤンシー号に乗り、日本海回りに海路をとって移住してきた藩士とその家族の一団1,800名が明治3年6月10日に大平浦(現 大湊新町)に上陸しました。斗南藩移住の経路を後世に伝えるため平成2年に建てら...
2024年4月18日木曜日
二つの家紋
›
由緒を物語る二つの家紋 ご本堂の屋根やお寺のあちこちに足利家の家紋「円に二引きの紋」と近衛家の家紋「近衛牡丹紋」が多く見られます。ご開山が足利尊氏の第四子英仲法俊、第二代が関白近衛道嗣の第三子牧翁性欽であることに拠ります。 当時の武門と公家の最高位者の子弟を送り込んだこと...
2024年4月13日土曜日
丹羽五郎
›
【出典】 https://seuru.pupu.jp/ezoti/ezoti.htm 旧会津藩士で、あった丹羽五郎が瀬棚に拓いた村は、現在「丹羽村」と呼ばれている。 丹羽五郎は、一千石を録する丹羽本家の分家である丹羽族の嫡男として生まれ、唯一の男子であった五郎は殊の外可愛が...
瀬棚町
›
【出典】 https://seuru.pupu.jp/ezoti/ezoti.htm 丹羽村と現在町を同じくする瀬棚町も、旧会津藩士によって成立した町で、日本海に添う小さな町で、近くに奥尻島があり、また海岸には奇岩「三本杉岩」もある風光明媚な町である。 この町は、戦前までは「...
開拓使
›
【出典】 seuru氏掲載 https://seuru.pupu.jp/ezoti/ezoti.htm 戊辰戦争後の明治3年、下北と別に与えられたのが、北海道「後志国瀬棚」(現在の久遠郡せたな町)「太櫓」(現在の久遠郡せたな町北檜山区太櫓)「歌棄」(現在の寿都町歌棄町)の三...
›
ホーム
ウェブ バージョンを表示