2016年11月16日水曜日

信濃國諏訪大明神



信濃國諏訪大明神を
迎えて勧請す
今其来由を釋るに
文治二年丙午正月八日
鎌倉右大将源公
我大祖得佛公を
信濃國藍田荘地頭職に補せられ
斯年、又島津御荘
薩摩・大隅・日向
三箇所の總地頭職に補任せらる
五年己酉
右大将源公
陸奥國押領使蓁衡を
征伐し給ひし時
得佛公御年十一歳
命を蒙りて副将軍となり
前軍に都督たり
此時深く信濃國諏訪大明神神に
斎祷し給ひて軍利あり
功成りて凱旋し給ひけり
承久三年、辛己五月八日
公又信濃國太田荘地頭職に補せられ給ふ
是より道鑑公に至り傅領し給ふ
公遥に神恩を仰ぎ
祖徳を追ひ
信濃の本社の神霊を
薩摩國三門院に勧請し
尊んで總社となし給へり
 

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