鹿島神宮の東実(とうみのる)宮司が、昭和43年に書かれた名著に『鹿島神宮』(学生社)がある。
宮司さんはこの中で大変ユニークな古代史論を展開されていて、ちょっと紹介すると、まず高天原は東国にあったと始まり、イザナギ・イザナミの「おのころ島」は筑波山のことで、そこから霞ヶ浦を通って「海(あま)降り」した天孫ニニギは、鹿児島の地に降臨(渡海)したのだそうだ。
と、聞けば誰でも荒唐無稽だと感じるだろうが、執筆当時の宮司さんには、世間を席巻する「騎馬民族征服王朝」説へのカウンターの意識があったようで、なるほど暴論には暴論だったのか!と理解すれば、宮司さんを笑うことは誰にもできない。
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