2014年11月7日金曜日


東洋史家・宮崎市定氏(1901~95)に『龍の爪は何本か』という面白いエッセイがあります。題名そのままに、竜の爪(手足の指爪)というものは、本来何本であるか、ということを論考した文章です。
中国をはじめとして、朝鮮、日本には膨大な数の竜が画かれたり刻まれたりしていますが、その竜たちは5本爪あり、4本爪あり、3本爪が多く、2本爪もあるようです。どれが本当なのか?

絵画や社寺彫刻得を見ると、日本に生息する竜は圧倒的の3本爪が多いようです。しかし、中国には5本爪の竜がおり、 これは皇帝専用で一般庶民は用いてはならない特別な竜だ、という話はご存知の方も多いでしょう。宮崎氏によると5本爪竜が皇帝専用と定められたのは宋(北 宋・960~1127)の時代で、以後世間の竜の爪は皆4本以下になった。一方で歴世に亘り中国を宗主国と仰ぐ朝鮮王朝は、三舎を避けて王室の竜を4本爪 と定め、一般の竜には4本以上を禁じたため、朝鮮の庶民竜は3本爪以下となりました。
中国・朝鮮から絵画という芸術を習得し、その中で竜と云う動物を学んだ日本人は、竜とは3本爪の生物と学習し、3本爪の竜が殖えることになったと言います。

日本は朝鮮と違い、古代に中国との政治的柵封関係は解消していますから、竜の爪を5本に描こうが4本に描こうが遠慮ないはずですが、この辺が文明を生んだ国と享けた国との違いで、哀しい哉できなかったのでしょう。日本人の律義さでもあります。
竜の爪という小さなパーツひとつを採っても、文明の伝播に微妙なニュアンスが見え、興味深い話です。

蛇足ながら、この話にはもう一つ奥行きがあります。
もともと宋代に皇帝専用と定められたのは、竜の紋様自体であったといいます。
哲宗皇帝の時代(1085~1100)、許された者以外が竜の紋様を用いることを禁じる法令が出されました。竜は皇帝専用と定められたのです。
た しかに竜は中国皇帝の象徴ですが、同時に中華文明の象徴でもあり、士庶遍く人気の霊獣です。それが皇帝独占ということになれば、黎民には実害はなくとも蟠 りが生じ、不満が内訌して、延ては水滸伝のような輩を生む起因にもなりかねない。(水滸伝の時代はこの直後ですが)そこで政権は法令の施行に手心を加え、 厳格な実施を保留すると共に、あらためて竜の定義を行い「竜とは二角・五爪の竜である」と定めました。つまり3爪や4爪の竜は、竜に肖て竜に非ず、した がってそのような竜の偽物はいくら描いても差し支えないという理屈です。政治が言語を支配しています。

これは現代中国にも通ずる面白い話です。共産主義であれ帝政であれ、体制の如何に係わらず元来が中国という国は専制 国家です。専制国家経営の要諦は人民に対する手綱の執り方にあり、緩くても強つ過ぎてもいけない。「竜を皇帝専用とする」という行き過ぎた法令を出してし まった時、反省して取り消すのではなく、運用と解釈で切り抜けてしまうというのが中国のやり方のようです。
こ れは外交関係にも援用されます。中国が果して日本を対等な国家と見做しているかどうかは疑問ですが、何かあれば交渉を行います。アメリカのように、言うこ と聞かなきゃ鉄砲を打つまで、というような出鱈目は決してしません。必ず政治的に解決します。但し、自らの原則は決して曲げずに。





[出典]
http://www.fukashi-tenjin.or.jp/news/2012/02/post-121.html

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