伊豆毛と書いて、
「いずも」と読ませる。…ってことは
「出雲」なの~? 境内の由緒書きには、祭神は
素戔鳴命(すさのおのみこと)と
大己貴命(おおなむちのみこと)とある。大己貴命はまたの名を大国主命といい、出雲の神様。
『信州の神社百選』という本を見ると、古くは出雲宮、出雲大明神と称したとある。
『延喜式』神名帳に延長5年(927)に登場する
式内社であり、出雲系の氏族が祀ったのではないかと考えられているらしい。いま探検隊は
鳥の古代史で出雲にはまっているところなので、とっても興味津々なのだ。
もとは、同町内の上伊豆毛に社殿を構えていたらしいが、大永年間(1521~27)に現在地に移っている。現在地をよくみると、ちょっと高台の上にある。
もともと塚か何かがあったのではないかと思う。土器片でもないかと見るが、残念ながら黄昏時でよくわからなかった。豊野町は古墳や史跡の多いところだか
ら、町史などでもう少し詳しくあたってみたい。
天正12年(1584)に、上杉景勝の家臣・関越前守から社領一貫五百文、慶長9年(1604)に大久保長安の手代・平岡帯刀(たてわき)から神領一石を寄進されている。(平岡帯刀は、これまで通ってきた
長沼神社や
守田神社にも社領の寄進をしている。)
この神社に関しては、後日詳しく紹介する。
[出典]
http://homepage3.nifty.com/himegappa/jisha/hokushin/izumo.html
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